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スイートスポットの狭い人生
ニキ リンコ
このごろよく頭に浮かぶことばがあって、それは、「スイートスポットの狭い人生」というものです。人から聞いたんじゃなくて、私が自分で作った表現です。
いろいろ考えて、自分の生活とかふり返ってみて、私の障害って、あれができないとかこれができないとかいうことよりも、「これしかできない」「このときしかできない」「この方法でしかできない」という不自由の方がメインなんじゃないかと。
ずっと生きてて、いろんなことをやって、だけど、成功するための条件がすごくうるさいというか気難しいというか、成功する確率は低いし、そして成功するための下準備として投資が人よりたくさん必要。だけど、たまに成功したときだけを見たらその成功の規模自体は小さくない。そういう状態ってあると思うんですよ。
その狭い部分にタマが当たっている限りは、障害を特にハンディと感じることはないのだけれど、いかんせんその部分が狭い、っていうのか。そこにタマを当てるまでが大変、っていうのか。
障害のない人とか、この障害のことをあまり知らない人たちは、その成功の規模だけを見て、「とても障害があるとは思えない」とか、「障害があってもこれだけできるんだったら健常者と変わらないじゃないか（健常者以上じゃないか）」と言うんだけど、もう少し広いスパンで見たら、トータルは決して「健常者以上」などと呼べないかもしれないでしょう？
だけど、「とても障害があるとは思えない」とか「軽度だから影響が少ないのだろう」とか言われるときというのは、もしかして、当たって飛んでしまったタマのスピードとか飛距離とかを測定して言っているのかなあ、って思うんです。それで話が噛み合わないのかな。
自閉とかＬＤとかの人って分野による能力のばらつきが激しいので、普通にまんべんない力を要求される仕事に就くことは難しいから、どうしても残された能力「だけ」で勝負できる職種をさがしてくる（あるいは作る）しかないわけです。だけど、その残された力だけを見たら、健常者と変わらなかったり、部分的に健常者よりすぐれていることもときどきあります。問題はやっぱり、スイートスポットの狭さの方にあるんです。
たとえば、人の２０倍の早さでソフトのバグを見つけて直せるプログラマーでも、決まったシャツを着ていないと仕事にならなかったりしたら、「シャツがないとき」の仕事の遅れをあらかじめ見こんでおかなければいけないとか、同じシャツを確保するためには休暇を取ってでも買い物に行かなければならないとか。
ものすごく腕がいいのに車の運転ができないピアノ調律師なんてのも、運転する人の人件費の分まで稼がなければならなくなるし、それだけの支払いをしてもらえるくらいの評判を確立するまでが大変だし。そこまでの腕じゃない人は、そもそも運転ができないという段階でピアノの調律師になれないでしょう。
仮にこの調律師が、有名な演奏家に指名されてコンサートホールで演奏会前のピアノ調律を専門に行い、並の調律師の５倍の料金をもらっているとしましょう。
彼の障害を理解しない人は、この「料金が５倍」という部分だけを見て、「自閉症だって言うけど健常者の５倍も料金とっているんだから、並の健常者よりすごいじゃない？」と思うかもしれない。
でも、彼は１回の調律に普通の２倍の時間をかけているかもしれない。慣れない場所にあちこち出かけて知らない人と応対するのはおそろしく大変なことなので、普通の人の半分しか仕事を入れられないかもしれない。自分では電話の応対やお金の交渉ができないので、人を雇わなければならないかもしれない。そして、車の運転ができないために、いつもタクシーに乗っているかもしれないし、助手を雇って運転をさせいるかもしれない。
そうしたら、調律料金は５倍とっていても、純益は並かそれ以下、ってことになるかもしれないでしょ？
あるいは、調律学校を普通どおりには出られなかったかもしれない。あいまいで抽象的な説明をする先生のもとでは何も学ぶことができず、落第して、次に理屈っぽくて厳密なものの言いかたをする先生のクラスに入って初めて調律技術を習得できたかもしれない。
あるいは、ろうかのデザインが奇怪で、迷子になりやすい学校を一度失敗しているかもしれない。次に入った学校が、たまたま迷いにくい校舎だったから技術を修めて卒業できたのかもしれない。
このときの、落第したり、中退・再入学にかかった費用とかいうのは、障害ゆえにかかった「よぶんなコスト」ということになりますが、健常者がこの「天才調律師」を見るときには、「料金が５倍」というところだけを見て、「半分しかスケジュールを埋められない」「秘書や運転手が必要」「落第・再入学に時間とお金がかかった」という部分は見ていないかもしれないでしょう？
私は時間感覚とか計画能力とかの部分に障害があるので、本当はものすごーく、秘書がほしいし、執事なんかもいたらすごくいいなあと思うんですけど、秘書とか執事とかを雇おうと思ったら、並の稼ぎじゃ追いつかない。そう思ったらもう、売れっ子になって大金持ちになるしかないぞー。なれるかどうかは別として（まずなれないと思うけど）、本当は、売れっ子の大金持ちになりたいです。でもこれって、能力主義とか競争原理とかいうものを超えていないってことになるんでしょうか。
なんか、「どうがんばっても、常に、これはできない」（しゃべれないとか、歩けないとか）というのが「障害だ」というのは誰にでも分かると思うんですけれど、蛍光燈がジーーとうなっていたらしゃべる内容がちょっと間抜けになるとか、一日に２本くらいまでなら電話で話ができるけれど３本以上は無理とか、電話で恥をかかない応対はできるけれども内容は覚えていられないとか（何のための電話だ〜！）、急な物音に驚くとまっすぐ歩けないとか、迷子になったりパニックを起こしたときなどに備えて、待ち合わせのあるときは早めに家を出ないといけないとか、そういう障害というのはなかなか説明しにくいのですよ。
けっこう、表から見える部分で健常者と同レベルのことをこなすために、見えないところでコストを払っていたりするのですが（これは軽度の人に限らず、重度の人でも同じだと思います）、よぶんのコストを払ってでも、同レベルのことが出来てしまうとそれが「なかった」ことのように思われてしまうんですよね。
できた仕事のレベルが低いというだけが「障害の影響」じゃなくて、陰でコストがよぶんにかかっているとか、とにかく芸域が狭いから受注が少ないとか、その「スイートスポット」を見つけるまでの試行錯誤のあいだに、多大なエネルギーと年月を空費してしまうとか、そういうのがトータルで「障害の影響」なんだけどなー、
という感じです。
できない作業を健常者よりよぶんに外注したいから、そのためには健常者の競争相手より単価を上げたいというのが動機なんですけど、そのために「島状に残された能力」を利用するのもやっぱりエリート主義なのかな。
よくわかんないです。
だけど、陰のコストを払うために、一流になって大もうけしないとやっていけないというのだって、じゅうぶんキツい状況だと思うんですよ（実際、私だって、そうなれそうもないわけだし）。
（99・6・26）
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